呉簡易裁判所 昭和33年(る)18号 判決 1958年12月11日
被告人 中松勇三
決 定
(被告人氏名略)
右の者に対する公職選挙法違反被告事件につき、同被告人より正式裁判請求権回復の申立並びに正式裁判の請求があつたので、当裁判所は審査の上次のとおり決定する。
主文
本件正式裁判請求権回復の申立は許さない。
本件正式裁判の請求はこれを棄却する。
理由
本件正式裁判請求権回復申立の理由の要旨は、被告人は公職選挙法違反事件につき、当裁判所において罰金五千円に処する旨の略式命令謄本の送達を受けたるも正式裁判の申立をなさず、法定期間の経過により該命令は確定したものであるが、被告人がこのように正式裁判の申立をしなかつた理由は、右事件につき起訴前である昭和三十三年六月二十六日被告人が広島地方検察庁呉支部において、武内検事より取調を受けた際、同検事より「大したことはない、五千円以内の罰金だ」との話があつたので、被告人は市会議員が首になると困るからそういうことにならぬようにして貰いたい旨を述べたところ、検事は新聞に出ても困るだろうから出さないようにする、公民権も停止せぬようにするが正式の裁判をするか、との話であつたので、被告人は公民権が停止にならぬのであれば正式の裁判はせぬ旨を答え、そして供述調書等に署名捺印した。右の次第で被告人としては武内検事の言葉を信じ公民権は停止せられず、市会議員の資格には影響がないものと思い罰金さえ納めればよいと決心した。そして同年九月一日に略式命令の送達があつたのでこれを見たところ、右命令には単に罰金五千円に処する旨を記載してある丈で公民権のことについては何等記載がなかつたので検事の云われたとおり公民権の停止はないものと信じ、その後検察庁から罰金の納付命令が来たのでこれを納付した。然るにその後同年十一月二十四日に至り呉市会事務局より、選挙違反の罰金のため市会議員が失格になつていることが検察庁の通知により判明したが存じているかとの電話連絡があつたので、全く意外のことに驚き翌日研究したところ略式命令に公民権停止の規定は適用しないという記載がなければ失格することが判明した。被告人は市民の代表として選出された市会議員でありこれが失格となることは忍び得ないので若しこのような結果になるのであれば必ず正式裁判の請求をするのであつたが、前記のような武内検事の言葉と略式命令に公民権の点につき何等の記載がなかつたため公民権は停止せられないものと信じ正式裁判の請求をしなかつたのであるから、この事由を知つた昭和三十三年十一月二十四日から起算し法定期間内である同年十二月二日に本件正式裁判請求権回復の申立並びに正式裁判の請求をなし救済を求める次第であるというにある。
よつて右被告事件記録等につき審査するに、被告人が公職選挙法違反被告事件につき昭和三十三年六月二十六日広島地方検察庁呉支部において武内検事より事実の取調を受け供述調書が作成されたこと、そして同年七月十七日付を以て同検事より略式手続により起訴せられ、当裁判所において同年八月十一日付にて「被告人を罰金五千円に処する。右罰金を完納することができない場合は金二百円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する」との略式命令がなされ、該命令は同年九月一日被告人に送達せられたこと、右略式命令は法定期間内に正式裁判の申立がなく同月十六日確定したことをそれぞれ認めることができる。そこで被告人の本件正式裁判請求権回復申立の理由について考察するに、仮に被告人主張の如く検察官より被告人に対し公民権は停止せぬようにする旨の話があつたものとし、而して検察官より裁判所に対し公民権を停止せぬを相当とする旨の意見提出があつたとするも(但し本件記録中の検察官の意見書には「公民権停止」と記載してあるから検察官はこれを停止するを相当とする意見であつたものと思料せられる)裁判所は、勿論何等検察官の意見に拘束せられるものではなく、これを停止すると否とは全く裁判官が独自の判断により決すべき事項であるから、起訴後裁判において右検察官の言葉と相違する結果となつたからといつて、これをもつて本件申立の正当な理由となし得ないことは言を俟たないところである。更に被告人は略式命令にも公民権を停止する旨の記載がなかつたから公民権停止はないものと信じ正式裁判の申立をしなかつた旨主張するのであるが、略式命令には公民権を停止せず又は停止の期間を短縮する場合に限りその旨を記載するのであつて、斯る記載のない以上は公民権は当然停止せられるものであることは公職選挙法第二百五十二条の趣旨により明らかなところである。故に斯る重大なる結果を招来する本件において略式命令の告知を受けた被告人としては、直ちにその内容を充分調査検討すると共に正式裁判申立期間を徒過する等のことがないよう格別の注意を払い万全の措置を講ずべきであつたに拘らず、これをなさずして遂に正式裁判申立期間を徒過するに至つたのは結局において被告人自身の過失に基くものといわざるを得ない。
以上説明のとおりであつて被告人が本件において主張するような事情は未だもつて刑事訴訟法第三百六十二条による自己の責に帰することができない事由に該当するものとは認められないから本件正式裁判請求権回復の申立は許容できないものであり、正式裁判の請求は請求権の消滅後にされたものであるから刑事訴訟法第四百六十八条によりこれを棄却すべきものである。
よつて主文のとおり決定する。
(裁判官 伊賀利夫)